一昔前に比べれば、わたしたちの暮らしは経済的には格段に豊かになり、テクノロジーも発達して、とても便利で快適な世の中になりました。基本的なインフラが整い、時間や空間を超えて、世界中の人々とリアルタイムでコミュニケーションをとることができる、そんな素晴らしい時代を私たちは生きています。
↑テクノロジーが発達し、現代社会はますます便利で過ごしやすくなっている。 (Pic by Flickr)
しかしその一方で、情報のインフラが整い、どんな仕事でも高度な情報処理能力やスピード感あるコミュニケーションが要求されるようになったことで、多くの人々が強いストレスを抱えて苦しむようになったことも事実です。世界的に著名なコンサルティングファームとして知られるタワーズ・ワトソンの意識調査によれば、「世界規模の金融危機が発生して以来、大企業300社の従業員の三分の二が以前より労働時間が長くなったと答えている」とのことですが、スマートフォンが出現し、Eメールが週7日間、24時間ひっきりなしに届くようになったことで、メールの返信や会議に追われる日々が常態化し、ストレスはひどくなる一方。私たちはかつてないほど、肉体的、精神的にストレスフルな日々を送ることを余儀なくされていますが、そんな中、会社が個人の健康管理に積極的に関わる「健康経営」というマネジメント手法が注目を集めています。
↑動き出した「健康経営」という企業経営モデル。「従業員の健康」が「会社の健康」。 (Pic by Flickr)
健康経営の基本的な概念は、企業が従業員の健康に配慮したマネジメントを行うというものです。1980年代、米国の経営心理学者、ロバート・ローゼン氏が「健康な従業員こそが収益性の高い会社をつくる」という考え方を提唱したのをきっかけに、欧米のビジネス界に普及し始めました。近年、健康経営は大きな広がりを見せており、今年3月には、経済産業省と東京証券取引所が、2年前に開始した「なでしこ銘柄」に続き、「健康経営銘柄」の選定を行うなど、女性活用や従業員の健康といった、非財務面の情報を考慮した上で、優れた企業を選ぶ動きが少しずつ広がりはじめていることは軽視すべきではないでしょう。
↑健康な従業員こそが収益性の高い会社をつくる(Pic by Flickr)
また、過酷な勤務環境で知られるウォール街においても、2年ほど前、バンク・オブ・アメリカのロンドン支店でドイツ人のインターンが死亡したことから、ワークライフバランスを重視する流れが急速に広まってきているようで、近年では、勤務期間中のフェイスブックやツイッターも解禁し、休暇も奨励、また名門ゴールドマン・サックスも、インターンの徹夜禁止を発表。午前0時までに退社し、朝は7時までは出社しないよう指導するといいます。「クオリティー・オブ・ライフ」を改善する対策チームも発足したことは驚くべきことです。
↑ゴールドマン・サックスも深夜0時以降の残業を禁止。(Pic by Flickr)
これまでの「健康経営」は、「環境経営」とともに、CSRの一環として捉えられることが多かったように思います。しかし、これからは生産性の向上や業績拡大を図るための、経営に直接影響する取り組みと考えられるようになるでしょう。「健康管理は従業員の責任」。そんな前時代的な経営はもう通用しないのです。従業員の健康こそ、企業の競争力を高める経営の最重要課題であり、企業はその増進や維持を図るべきなのです。「健康経営」を戦略的投資と位置づけ、従業員一人ひとりがイキイキと働くことが出来る、そんな勤務環境を整備することは、21世紀を代表するエクセレント・カンパニーを目指す上で、必要不可欠な要素となるのではないでしょうか。
(文・勝木健太)